名鉄国府駅エリア
中華ファミリーレストラン五味八珍 御油店
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西明寺
旧東海道宿場町エリア(御油/赤坂) / 神社仏閣
“哀しい恋物語から生まれたお寺” 西明寺で新たな発見を❢
みなさん、西明寺にまつわる言い伝えを知っていますか。寺は最初、六光寺と呼ばれていたそうです。
言い伝えによれば、平安時代の985~987年に、都(京都)から三河国に派遣された国司の大江定基は、この地で若く美しい娘の力寿と恋に落ちました。ところが3年後、力寿は病で早くに亡くなってしまいます。定基が25歳の時でした。力寿を失った定基は世の無情を感じ、役所があった場所、いわゆる国府(こくふ)から少し離れた小高い森の中に館を建て、都に戻るまでの約1年間暮らしました。そこには夜毎天空を貫く6つの光明が現れたことから、その住まいを六光寺と名付けたといわれてます。そののち定基は愛染明王像一躯を残して都に戻り、役人としての栄達を捨てて出家。天台宗総本山比叡山で修業に励み、寂照と名乗るようになりました。寂照は修行先の宋でこの世を去り、2度とこの地に戻れませんでした。
現在の本堂は1996年に再建され、周囲には見事な庭園が広がっています。裏山が効果的な背景となり、山水木石の配置が鮮やか。また境内には、近代日本の医学の発展に貢献した明治のドイツ人医師、エルヴィン・フォン・ベルツ博士の供養塔があります。博士の妻ハナが、近くにある御油宿の旅籠の娘で、西明寺が先祖の菩提寺だったことが縁だそう。美しい庭園を眺めながら、さまざまなドラマに思いをはせてみませんか。
【ここがオススメ】エルヴィン・フォン・ベルツ博士の供養塔を見て
こんにちは。住職の永田です。ぜひ訪れてほしい場所は、近代医学の父、エルヴィン・フォン・ベルツ博士の供養塔。さらに大庭園も楽しんでいただきたいですね。お寺では毎月29日の午前11時から愛染明王祭りを開催しています。良縁祈願や家内安全などの御祈祷をつとめますのでぜひお越しください。
【誕生STORY】
鎌倉時代、幕府の執権から出家した北条時頼が、最明寺入道という名で身分を隠して諸国を巡る途中、この地をとても気に入り滞在したことから、寺の名前は六光寺から最明寺に改められました。時頼の影響で、当初の天台宗から禅宗に改宗されたとされています。その後、戦乱の時代を経て衰退していた寺でしたが、土地を領していた駿河の勅使水野氏が寺の様子を嘆き、1489年に尾張国の乾坤院(けんこんいん)から太素省淳和尚(たいそしょうじゅんおしょう)を招き、曹洞宗の寺院として再興させました。現在、墓域の一郭には、定基、時頼、水野氏の墓碑が三開基として祀られています。さらに1562年には徳川家康が東三河に出陣した際に協力したことから、阿弥陀如来の西方極楽浄土にちなんで、家康が寺名を最明寺から西明寺に改めたと伝えられています。長年にわたる寺の名前の変遷。ドラマチックだと思いませんか?
【令和7年 お正月参拝情報】 =================== 参拝:通常通りご参拝可能 ご朱印:2日より対応あり 除夜の鐘:あり 12/31 23:30頃~ (除夜の鐘時 甘酒接待あり(予定)) =================== |
名称 | 西明寺 (さいみょうじ) |
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所在地 | 愛知県豊川市八幡町寺前7 |
電話番号 | 0533-87-2251 |
交通アクセス | 名鉄名古屋本線「国府駅」下車徒歩約15分 東名高速「音羽蒲郡IC」より車で約10分 |
駐車場 | 無料 |
問い合わせ先 | 西明寺 0533-87-2251 |
駐車場あり
トイレあり
御朱印